| 「人間にとっていいもの」づくり |
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NASAエイムス研究所上級研究員
三井石根氏 |
三井石根氏は、三井メディカルクリニック医院長として、またNASAエイムス研究所上級研究員として、宇宙医学の立場から「人間にとっていいものとは?」という課題を追求している。また最近は、寝る時に装着するだけで視力が回復するコンタクトレンズの開発に成功し、社会の注目も集めている。
ここでは、そんな三井氏の考える「人間にとっていいもの」づくりのあり方に迫った。 |
| 【Q1】三井さんは日米間を頻繁に往復されていますが、アメリカと比較して、日本のものづくりの現状についてどのようにお感じですか |
【A1】まず、日本のものづくりの素晴らしさに気づかされます。
日本の携帯電話は小型化がどんどん進められているのに、アメリカのそれはかなり大きい。小型化する必要性が、日本の方が強いからでしょう。
日本ではものづくりの危機が叫ばれていますが、もっと日本人自身がその素晴らしさに気づくことが必要なのではないでしょうか。
しかし一方では、マナーを無視した携帯電話の車中のおしゃべりで、本当に必要な時にも携帯が使えない事態になっています。
あまりにも軽薄な、おもちゃのようなものばかりが作られるようになっています。 これは消費者ターゲットが若い女の子や子供になってしまっているためで、自分で稼いでいるわけではない彼らに大人がお金を与えすぎているからです。
そういった日本の文化、そして、消費者ターゲットのあり方が、日本のものづくりをおかしくしているのではないでしょうか?
こういう社会があってもいいのかもしれないけれど、世界を視野に入れた場合、これでは世界のスタンダードにはなり得ないと思います。 |
| 【Q2】それでは、日本がものづくりを取り戻すためのポイントはどこにあるのでしょうか |
【A2】例えば、ISDNのような時代遅れな取り組みがいつまでも行われている。
過大な投資を回収することを優先して社会のインフラ整備が遅れてしまう。
つまりは、判断できるトップがいないということで、スペシャリストがきちんと評価される仕組みがない。
宇宙開発事業団に務める知人は、もんじゅ事故で一斉に原子力部門に異動する事になり、また一から勉強する必要に迫られてしまいます。
それに、対策をたてる時、アメリカではまずシステムを構築するが、日本はまず人づくりをしようとします。 そのためどうしても個人依存になってしまわざるを得ません。
例えば、日本の医師は患者について知っていることの2,3割しか書かないので、その医師でないと対応できません。しかし、アメリカでは秘書システムがしっかりしていて口頭で言えばすべてカルテに書くことができ、当直が誰でも対応可能な体制ができています。
ものづくりでも同じで、師弟関係は人に依存しすぎていて、人がいなくなったり後継者が見つからないと、そのノウハウが失われてしまうことになります。もっとシステムで補う必要があるのではないでしょうか?
これは社会全体に言えることです。昔アメリカ人に、日本の高校生はなぜ、クラブや生徒会で頑張ってきた高校生活が全く評価されていないことに怒らないのか?と言われたことがあります。
社会がおかしいとは考えずに自分の内側で我慢してしまうのが、日本人です。時にはそれがストレスとなり自殺につながってしまうこともあります。個人が自分の責任として強く思いこんでしまうからで、その解決には、個人の負担を軽くするシステムが必要なのではないでしょうか? |
| 【Q3】三井さんご自身は、ものづくりにどのように関わっていこうとお考えですか |
【A3】私は一つの基準を持っています。
現在の人間だけでなく、将来の人間にとっていいものを提供するというものです。
アメリカに会社を設立したのですが、そこでは良心ある医師を集めて身の回りのあらゆるものについて、人間にとって絶対安全で大丈夫なものを提供したいと考えています。
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| 【Q4】最後に、若い人に対してメッセージをいただけますか |
【A4】自分が「地球の子供である」という意識、さらには宇宙の一部であるという意識を持つことがとても重要だと思っています。
宇宙のことを考えると、地球も一つの星であることに気づくし、地球のことを考えると生命のつながりが見えてきて、命の大切さが分かる。一体感を感じることがいろいろな存在とのつながりを考えるはじまりです。
まずは星を見るところからはじめたらいかがでしょう。何億年も前に放たれた母なる星の光が、今偶然にも自分の目に届く。そう思いながら星を見上げていると、愛おしささえ感じます。
| インタビュアー: |
赤崎まき子 |
| 文章取りまとめ: |
堀崎 茂 |
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| <三井 石根(みつい いわね)氏のプロフィール> |
| 1959年 |
静岡県沼津市生まれ。 |
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国際基督教大学(生命科学専攻)、筑波大学医学専門学群卒。 |
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その後、脳外科医となる。 |
| 1995年 |
NASAエイムス研究所ライフサイエンス部門の上級研究員 |
| 1997年 |
マサチューセッツ工科大学(MIT)客員研究員(遠隔医療用新素材開発) |
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現在、
・三井メディカルクリニック院長
・大阪大学医学部非常勤講師
・脳神経疾患研究所主任研究員
・日本温泉気候物理医学会認定温泉療法医
・運輸省指定航空身体検査医
・日本医師会認定産業医
著書として「ヒトは宇宙で進化する」(ポプラ社刊)
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